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2008年8月

2008年8月28日 (木)

バースデーはハワイで!

どもども~。

今回ハワイへ出発する日はおいらの誕生日。

うふっ。マフィアパパさんも言ってくださってましたが、

今年のバースデーは日本とハワイで2回お祝いしてもらえるってことで、

うれしい限りですわ~。

いや、でも・・・ハワイでバースデーをお祝いしたいレストランってのが、

正直言ってありませんねん。

こちらもいいかしら・・・とか

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Nobuさんもいいかしら?

はたまたあちらかのステーキかっ?

と相方に相談しておりましたら、

「前菜は豪華にタマシロのポキ全種類。メインはハレイワのフリフリチキン。

デザートはレナーズのマルサダスにロウソクさしてもらって決定やな」

こいつは、もう許せんっ。

2008年8月26日 (火)

ヴァカンス~

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気がつけば、

今週末から、おいら、ハワイであります。

ハワイはもう1年ぶりぐらいかね~とおもってましたが、

おっとそこのあなた!今年4月にも行ってるやんかああ?!


いや、あれは、仕事半分でしたから。

ま、今回もちょっとは仕事しますが(ほんまかっ?きっとウソ)

のーんびりしてきますねん。

しかし、これまでのハワイならビッグアイランドかマウイ、カウアイ島のいずれかには行ってたんですが、

最近ホノルルおんりー。

ホノルル一本道(篤姫用語)

そういえば旅するとき、スケジュールびっしり立てられる人って
いますよね。うらやましー。

ま、その他の都市なら予約必須のレストランとか、やるべき事も多いですが、ハワイは行き当たりばったりです(人生哲学そのもの)

ちゃんとしたレストランにもたぶん、いけへんし(えっ)

炊飯器持って行くかっ(ぎょえええーっ)


しっかし、先日、中村うさぎが「日本一の勘違い雑誌」と呼ぶヴァンサンカン立ち読みしてたら(重いわー)

世界中を旅するフォクシーのデザイナー前田義子さん(素敵な方)の旅支度というようなページがあり、あるところで凝視してしまいましたっ。

なんとそこにはキッチンセットとして炊飯器が入ってたのよ。

「海外のホテルでは大型の冷蔵庫と電子レンジを事前にリクエストしておきます。海外でもいつもの食生活を取るのが旅先での元気の秘訣~」。といような内容だったと。

あのようなセレブなジェットセッターさんが、炊飯器持参だなんて、うっれしいわー。

そういえば、ミック・ジャガーもマドンナもパヴァロッティも、

海外巡業するときはおかかえシェフを連れて旅するらしいです。

なれない土地での食べ物って、胃腸に負担がかかるし、だんだん疲れてくるのよ。

そういえば、佐渡裕さんは以前インタビューしたとき、

海外のホテルでは「鍋するんです。野菜不足補えるし。めっちゃええですよ。最高に美味しいです」

とおっしゃってました~。

いままで炊飯器持って行く~というと白い眼で見られてた、おいらでしたが、もう、肩身の狭い思いはしないもんね~。

ってことで、ハレクラニに電子レンジのリクエストするかっ?!

ぎょええええええーっ。

2008年8月25日 (月)

絶望より立つ



オリンピックが終わりました。


いやあ、なんか知らんけど、
よう泣きましたー。今年のオリンピックは。

北島の金も凄かったけど、
やっぱり、ソフトボールは別格でしたね~。

最高視聴率47.7%ってすごすぎっ。

宇都木さん、コーフンしまくり、号泣しまくりで、
前代未聞の熱い解説者でしたね~。
好きだわ~。
優勝が決まった瞬間、彼女の心からの叫び「やったーーーーっ!!」
を聞いて、号泣よっ。おいらも。

今日は朝から彼女たちが徳光さんの番組にメンバー総出演していて、
日曜の朝から、
またまた、鼻の奥がしゅんしゅんしました。
頼むわー。

あの子たち、化粧っ毛なんかぜんぜんないのに、
そのへんの女優よりずっと輝いてました。

とにかくひたむきで、ファイトがあって、
すっごいチーム力で、
ただ、見るだけで、さわやかで、
おいらの心まできれいになるような気がしましたね。

で、おもしろかったのは、その番組内で、
「自分たちのチームはどんなチームだと思います?ボードに書いてください」
という質問に、
「ドM」という言葉を2人も書いていたこと。

打たれれば、打たれるほど、やる気が湧くってことですかね?

ちょっと話はかわりますが(またかい?)

先日、大阪から東京本社に転勤になった友人と会ったのですが、
東京に移動した当初はそれはもう、周囲は敵ばかりで、
「何しにきたん?」という、激四面楚歌の空気が充満してたらしい。
まさに、人生史上最高の針のムシロ状態。

しかし、彼女はそんなマイナーな空気に屈することなく、
自らの流儀を貫いて、
とりあえずは、
ひとつのプロジェクトを大成功に導いたそう。

えらいぞっ!カッチョよすぎっ!!


「何でそんなに強いねん?」
と聞くと
「逆境になればなるほど、ぜったい負けられへんって思うねん」
という答えがかえってきました。

うわっ。わたしと正反対です。
崖っぷちにいると、落ちた方が楽~と思うもん(ひえええーっ)。



そういえば、
ソフトボールの上野投手が自らを支えたのが、
「絶望より立つ」という須永博士さんの詩集の中の言葉なんだそうです。


そりゃ、上野投手がここまで来るのに、
いったい、どれだけの絶望の淵をさまよったのだろう・・・と
想像するだけで、また泣けてきます~。


そこで、おいらも座右の銘をそろそろかえることにいたしました!

これまでは「行き当たりばったり」でした。

これからは、
「絶望より立つ」と
一生辛抱」よっ。どうよ?

2008年8月23日 (土)

人生はパン食い競争


なんだか、一気に秋めいてきましたね~。

おいらの住む山はもはや軽く冬(ぎょえええーっ)
いまも靴下履いて、分厚めのトレーナー着てこれ書いてます。
しかし、これからは美味しいものがたくさん、お目見えしますもんね。
寒くなるのは死ぬほどいやだけど、
おいらがこの世で愛してやまないもののひとつ、
牡蠣もそろそろ美味しくなるし~。
いやあ、牡蠣といえば思い出すのは伊勢志摩地方にお住まいのSさんです。
シーズンになると極上的矢牡蠣を送ってくださいます。
ああ、素敵な方だわ。
もう、それだけで200%の愛が炸裂しますもん(えっ)


ところで、
話は一気に違う方向にいきますが(いっつもだろ)


人生を障害物競走にたとえる人は多い。

いろんな苦しみや悲しみやつらさというハードル
をいくつも乗り越えてこそ、
人生の目的、目標に到達出来るのだ・・と。

私もそうだと思ってました。

ところが、何年か前に田口ランディさんを
インタビューしたとき、そんな話になって、
「ほんとに人生には障害物いっぱいありますよね」
なんていいながら、
彼女は突然、私に向かって

「でも、あなたはパン食い競争タイプでしょ?」
とおっしゃった。
 パン食い競争ーつまり欲望のままに暴走する刹那的人生ですね(ああー)
ひええええーっ。
さすが田口さん、鋭いです。一瞬にして、見抜かれました。

大好きな翡翠牡蠣やベロンのためなら、
何万キロ先にあっても、
苦労もなんのその、苦節乗り越えて食べに行く。
西にからすみがあると聞けば行き、
東に青首鴨の美味しいのがあると聞けば行き、
もはや私の人生は食べ物に支配される日々である・・・ 。
恋愛に関してもまさにそうで、いやんなっちゃう。
いいなと思う男たちはどういうわけか、
例外なく美味しいもので餌付けする。

「黒あわびの美味しいところがあるよ」
とか
「ロシアの最高のキャビア持って帰りました」
とか、
「淡路産由良のうに、いらない?」
とか、
そんなのばっか。
間違っても
「フェルメールの絵画を見に行きましょう」
とか
「メトロポリタンオペラを見に行きましょう」
とか
「エルメスのバーキンいりますか?」
みたいなのはないんだよー。

でもでもでも・・・。
私はジャガーに乗ってる男より、
ロングアイランドに別荘持ってる男より、
祇園のお茶屋で顔がきく男より、
クリスティーズのカード所有してる男より、
いっつも美味しいもので、
ポケットをいっぱいに膨らませている男が大好きなのさ!

2008年8月22日 (金)

幸せはラデュレで


小さいクセに、びっくりするほどお高い(えっ)

あの、マカロンで知られるパリの「ラデュレ」がこの7月に銀座三越にオープンしたんですね~。

いや、感慨深いですー。

おいら、3年半ぐらい前のパリ出張で、

ラデュレのマカロン求めて、疾走してましたから。

去年ハロッズでもカフェサロンを見つけて、

大喜びでマカロンとティーよっとメニュー見て驚愕。

ポンドのやつがまた一人暴走して、ムタイなお値段になってましたっけ。

そういえば、パリでお土産に買ったマカロンを
「これはむっちゃ高いねんで。1個50円ぐらいに見えるけど、ほんまは250円ぐらいするねんよ」

とさんざんもったいつけて、相方に食べさせてあげましたが、

どうも彼には感動はなかったようであります。

でもマカロンって不思議。

別にどうってことのないお味なのに、

口に含むと、なんだかほのぼの~とした気分になりますね。

久々に食べたくなってきました、あの幸福の味。



以下は私がパリでラデュレに夢中になってた頃のこと。
(また回想かいっ)


今更ぁあああああと言われそうだけど、
私はラデュレのマカロンがとっても好き。


でも日持ちがしないので、日本へのお土産には不向きっす。
が!今回は縁あって買ってきました。


パリ帰国日の前日は日曜日。

松澤御用達(勝手に決めてる)ボンマルシェも
サンジェルマンデプレのオサレなインテリアショップも
雑貨店もパリでは見事にお休みでしょ?
(おもえらもっと働かんかい?)

なので、10年ぶりにミュゼ・ド・ルーブルにでも行って、
フェルメールでも観たろかーとホテルムーリスの前の通りを
歩いて、ルーブルの地下へ。


そしたら!レゾナンスを発見!
クリスマス限定の紅茶やクッキーや、
見た目も麗しいキッチン用品、


とろけそうにいい匂いのバスエッセンス・・・とかを
買いに買い捲っている間に、もう、3時やんかー。

お茶したいわ・・・、お茶といえば、パリのマダム御用達
「ラデュレ」でしょー。しかし日曜やし、お休みよね。



と芸術的資質にまったく欠けてるあたくしは、
ルーブルをあっさり後にして、ジョルジュサンクでチャチャチャやー♪


とジョルジュサンク目指して歩いていると、
ラデュレの紙袋を下げているレディー発見。



発作的に、
「そこのネーサン、ちょっと待ったー!」と呼び止めていた。


「な、な、なんやねん?」とびびるネーサンに
「あのー、ラデュレって今日あいてるんですかあああ?」
と聞く。

するとアメリカ人とおぼしき彼女は
「そうなのよ。あいてたのよ」
「あの、どこのラデュレ?」
「マドレーヌのお店よ」と親切にもバッグよりパリマップを取り出して、
行き方を教えてくれた。



「でも、でも、あそこって混んでません?いつも?」とわたし。
「ほんとよね。これも20分ほど並んで買ったのよ。あんたも、
がんばりや!」
と励まされた。で、マドレーヌ店に突撃。

案の定混みこみ。中のサロンをのぞくと数箇所テーブルが
空いていたので、ま、列が少なくなるまでお茶でもするかーと
マカロン大(約600円)とお紅茶を注文。



しかし、なんですね。ラデュレの店員のアティチュードは
決していいとはいいがたい。はっきりいって悪いねん。


さらに、写真ではゴージャスに見えるサロンですが、
テーブルもイスもガタピシ。ま、それがいいんだろうけど。
私はシャンゼリゼ店がいちばん好きです(高田万由子さんもそう言ってはった)

でもいつ見てもうっとりするのは、淡いペパーミントグリーンに
麗しい花冠(?)を象った看板や紙袋。


見てるだけで、なんだか幸せーな気分になる。
ここの紙袋は100枚ぐらい欲しい。

ショーケースの前には凄い人、人、人。
観光客よりむしろ、地元のパリジャンやムッシュが多いでしょうか?


こんな風景どっかで見たなーと思ったら、
暮れの錦市場か黒門やん。


買っているのはマカロンが圧倒的。
でも、日本人が良く買うギフトボックス入りを買ってる人なんて
ほとんどいません。


みんな9個入りや12個入りや24個入り!と伝えて、
好きな味のマカロンを入れてもらってる。

お茶を飲みながら、10人ぐらいの列になったところで、
並んで、やっとおいらの番。


「9個入り4つと12個入りと24個入りを。
ピスタチオ、キャラメル、チョコレート、アーモンド・・」
といったところで、あまりにも種類が多くてお手上げっす。


若い男の子に「あなたのおすすめ入れてよ」とお願いすると、
喜んで彼の好みのマカロンをバンバン入れてくれた。


ひとつ50円ぐらいにしか見えないマカロンでありますが、
9個で約1500円。たっかー。
総額約10,000円の出費。

わかる人にしかぜったいあげたくないラデュレのマカロンなのであった。


お店のイケメンムッシュに
「日本に出来ないのかなー?」と聞くと
「出来るよ」と言うではないか?
「いつ?」
「近いうち」
「どこで?」
「まだわかんないけど、僕がオープンさせるよ」
と笑ったそいつ。


もうーっ。
でもいまはパリにしか存在しないラデュレでありますが、
近いうち、ホントにNYと東京にオープンする予定らしいっす。
そうなったら、もう、あんまり値打ちないよねー。




2008年8月20日 (水)

こんな時代もありました


原稿締め切り大幅に遅れまくっておる
わたくし。
ひえええーっ。
まさにお尻に火がついた状態で、
もはや、ジェットエンジンにかえて、
宇宙にまで逃避したい気分っす。
そんなわたしの元に、
ついさっき、ロンドンに住む友達からのんきに国際電話よっ。
何か緊急なのかしらん?
と思ったら、
その用件は、
「なんでもいいからさ。
森揺子の小説、送ってくれへん?
なんかめっちゃくちゃ彼女の本が読みたくなってん」

いや、そりゃ、入手困難限りない、
Michaelのミュージカルのチケットも取ってくれた彼女。
送りますわよ~。死ぬほどいっそがしいけど(ひーっ)

で本棚を整理してたら、森さんの小説が出てきて、
読み返したら、
やっぱし、あっという間に、
彼女の、あの独特の男と女の世界に浸ってしまいました~。
いや、森先生の小説は、
男と女について書かれた小説というより、
詩でもありますね~。

そんなわけで、以前書いた、
森先生の記事、発見。
そうか。こんな恋に悩んでいた時期もあったのね(遠すぎる目)
いま、おいらの頭を悩ませるのは、
原稿締め切りと、
燃料サーチャージ問題なんすが、
情けなや~。




                  森揺子さんのこと


森瑶子さんにはじめてお会いしたのは、

もう20年近くも前だ。

(ヨウコの正しい漢字PCで出ない・・・)



「情事」という、はじめて書かれた小説で、

すばる文学賞を受賞された直後だったと思う。

当時は雑誌に登場するような派手な印象はなく、

地味だけど知的で凛としてて、

いかにも東京の中流の家庭で育った奥さんという感じだった。

取材の後謝礼をお渡ししたら、

すごく戸惑われていて、そんなところにも

彼女の育ちのよさを感じた。



その後お手紙をくださったのだけれど、

そこに書かれていた言葉がわたしの心を捕らえて

離さななかった。

「壱子さんていうお名前、素敵ね。

今度小説で使わせてもらおうかしら?


あなたには他の人にはない不思議な情熱があって、

それが周囲を巻き込んでいます。その情熱を大切に・・・」



この言葉はいまも私を勇気づけてくれる。

彼女から贈られた最高のプレゼントだ。



森さんは会った人すべてに、

その人が言われてうれしい言葉や

してもらいたい行為を

さりげなく、ポンと差し出せる人だった。

人間を観察する鋭い目と

限りない優しさを持った人だった。



ある時、東京の飯倉にあるイタリアンレストラン、

キャンティで二人でご飯を食べていると


「素敵な男と一緒のときはね、デザートに洋ナシのタルトと

エスプレッソとカルバドスを頼むの。これ、おすすめ」

なんてことを教えてくださった。



当時、風林火山な恋なんてものをしていた私の相談にも

乗ってくれたが、私が

「彼の妻はきっと彼の帰りをひたすら待っているんですよね。

私、そんな夫を待つだけの人生なんて真っ平だな」

というと、珍しく大きな瞳に厳しい光を宿らせた。



「あら、そう?私は愛する人を家でずっと待つという行為、

嫌いじゃないわ。素晴らしいじゃない。そういう人生も

いいじゃない?」



私は母親に叱られたようにシュンとなった。



そうなのだ。彼女もかつてそういう妻として


退屈で愛する夫をただひたすら待つという日々を過ごして

いたのだ。

彼女はあるエッセイに書いている。

確かこんな内容。



夫が私を女として見てくれない。

もう誰も私を振り向いてくれない。

当時のわたしはセックスをやってやってやりまくりたい、

そんな自分でも信じられないくらいの飢餓感でいっぱいだった。



そんな飢餓感の中ではじめて書いたのが

「情事」だったのだ。






その後、私が

「あるとき彼の下着にアイロンがかかっているのを見つけたんです。なんか、それで興ざめしちゃった」

というと、

「その話いただき!」といたづらっぽく笑って、

当時彼女が連載していた「週刊文春」の男と女の話に、

「下着にアイロンをかける妻の話」というタイトルで

小説になったりした。





彼女は作家としてカナダに島を買ったり、


ヨーロッパをゴージャスに旅したりして、

誰もが羨む生活を過ごしたけれど、

いつもどこかで孤独だったんだと思う。

そんな人じゃなければ絶対に書けない心理描写や、

フレーズを、彼女の小説の中で見つけることが出来るからだ。



そして・・・。

森さんの死は、ボストンにいるときに知った。

ガクゼンとした。




亡くなる数年前のことだったと思う。

ある小説のロケハンでオーストラリアに行った彼女から

エアメールが届いて、

「素敵な英国人のジャーナリストと出逢いました。

すごくハンサムよ。15歳年下なの。

それでね、私のお葬式にはみんなが白いバラを持ってくるんだけど、彼だけには真っ赤なバラを持ってくる権利を与えたの」




彼女は自分の死を予感してたのだろうか?



私の現在の恋愛感や人生観は森さんに強く影響されたと思う。

そして彼女の親友でもある安井かずみさんにも。



ふたりは親友だった。

ふたりとも、とても女性らしかったけれど、

ハンサムな女たちでもあった。


そしてこよなく可愛らしかった。

安井かずみさんが亡くなって、その後を追うようにして

森さんもなくなった。

ふたりは私がお手本にしたいと憧れるロールモデルだった。



生前、森さんは何かにつけて言っている。

「何よりもカナシイのは忘れられた女。

だから私のことを忘れないでね」




私はいまも時々彼女の小説やエッセイを読んでは

いいな、やっぱり森さんだ・・・と

読むたびに新しい発見をしている。

男と女を描かせたら、彼女の右に出るものはいない・・と

思う。





そんなとき決まって思い出すのは、

最後に彼女と会ったときのことだ。



代官山のレストランに少し遅れてやってきた彼女は

いつものようで艶やかで、セクシーだった。



でも、ナイフを持つ手をふと見ると、

右の中指にブルーのインクの染みが滲んでいた。

きっと出かける寸前まで原稿を書いておられたのだろう。

忙しい中、かけつけてくれたんだ・・・と

なんだか胸が痛くなった。

そのときの、彼女の愛用のモンブランの

ブルーのインクは、いまも私の大切な思い出の色。



いまの文壇の中には、

彼女ほど私の心を惹きつける作家はいない。

森さんが生きておられたら、

いまどんな小説を書かれたのだろうか、と思う。




彼女の新作を読めないことが、とても残念だ。

2008年8月19日 (火)

バリの屋台でシルブプレ

Dsc06800 バリ島でステイしたホテルの中でも

ひと際ビューティフルだったFSジンバラン

そして、写真はFSの麗しいオンザビーチのレストラン「PJ’s」



しかし、ここは素通りして(えっ)

砂浜を歩いて、やってきたのは、バリ通の人なら

ご存知のシーフード屋台「イカン・バカール」(凄い名前や)

10数軒が連なる屋台の中でFSの方に聞いておいらたちが

選んだの、Manega Cafe.

サンセットタイムになるとくるくる。地元の人も観光客も。

テーブルはもちろん海のすぐ前。

ここで最高の席よ。プラチナシートよっ。なめたらあかんよ。


Dsc06810















店の奥にはその日獲れたてのエビやカニやロブスターが

てんこ盛りあり、シンプルに炭火で焼いたというスタイルがメイン。

でも、はじめてだしなー。

何を注文しようかと迷っていたら、テーブルに所狭しと

ぎょうさんのお皿を並べているレディースたちを発見!

知らない土地で、知らないものを食べるときは、

直接「何が美味しいかしらん?」とお客さんに聞くのがいっちばん。

そういえば、香港の怪しげな路地裏の屋台でもメニューの漢字読めなくてもOK.そこで食べてる人に「コレは何でありますかな?」と聞いて、注文しますねん。

でいつものように、

「ここはじめでありますが、何がおすすめですかいね?」

と聞くと、

「そりゃ、全部直接食べてみなきゃっ。ほらっ、ここの料理ひとつずつつまんでみてみ?」

ひええええーっ。めっちゃ親切なマダムたち。感激です。


Dsc06804















が、しかし、10皿以上ありそうなここでひとつずついただいてたら、わたし、お腹いっぱいになります。

でも「ほらほらっ。コレも食べ。アレも食べ」

とすすめてくださるので、ハマグリとイカの串刺しを

厚かましくもいただきました(ひーっ)

うっまー。

そんなわけで、おいらがオーダーしたのは、こちらです。

ご飯やお野菜も一緒についてきます。

しかし唐辛子で和えたゆがいた菜っ葉は、おいら辛くて食べれなんだー。

特性ソースはスパイシーでちょい辛いめでしたが、なかなか。

タコスソースみたいなのもありました。

6890 

Dsc06888

飲み物はビンタンビアーよね。

それとココナッツジュース(これいまいちかっ)

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ウエイターさんたちも元気です。

Dsc06813


ここ気に入って、2日も続けて行ってしまいました。

が!おいらたちと同じように、

2日続けてきているロシア人カップルを発見!

なんと彼らもオンザビーチのテーブル狙いなので、

(そうよ。プラチナテーブルは争奪戦。特にサンセットタイムは)

というわけで、バリ島でも、

屋台のプラチナシートを巡って、

ジャパンVSロシアの世紀の戦いが繰り広げられたのであったー。

2008年8月17日 (日)

そのとき歴史は動いた

おはよーございますっ。

いや、もうはっきし言って、朝から
こんなことのんきに書いてるばやいじゃありませんねんっ。

原稿まだまだ残ってます。
少年たちの夏休みの宿題状態。

そんなときは昨晩のように、血迷って、
またまたUK追っかけ日記などを書いてしまうおいら。
友人は「また、やばい世界に行きつつあるんちゃう?」
と心配してくれてます。
やばい世界とは、もちろんドラッグなんかとは違って(えっ)
UKへの逃避行。

やるべき仕事が山盛りになったり、
熱中しまくるものがないときに、決まって発生するおいらの持病。
そう。この世で最も甘美なる時間ー現実からの逃避よっ。

ま、好きなスターの歌を聴きにいくっていうのは、
ある意味ドラッグなんですけどね。
それも極上中の極上、アヘンに近いのよ(やったことないけど)

いや、このドラッグは強烈にしびれまくりました~。
まあ、そんな忙しいけど退屈な日々(さいあく~)
を送っていたわたくしに、昨日は久々に幸福が訪れました。

それは美味なる秋刀魚に出会えたから(しょぼすぎて自分でも涙が出るわ)

昨日、大阪某スーパー内にて、
新鮮極まりない、デブリンチョの新秋刀魚を発見。
パックに入れられて、1匹199円でした。

それを焼いて食べたらよー。
ひえええええーっ。
もう脂ジュージューで、ぷっくらふくらんだハラワタも
フォアグラみたいに、濃厚にしてエレガントすぎるお味。

あああーっ。うっまー。

しかし、何がカナシかったといっても、
まだまだこの季節秋刀魚がスマしてパックに入れられていることと、
お値段が199円もしたこと(ひーっ)

そして!
そのスーパーにて、去年遭遇した、
ライバルがいなかったことなのよっ。

人間何かを成し遂げるには、ライバルの存在は不可欠です(えっ)

あの北島康介も、ライバルを栄養に、
これまでの苦境を戦ってきたというではないかっ(話が違うって)

まぁ、そんなわけで、去年の秋に大阪市内の某スーパーで
繰り広げられた、
「そのとき歴史は動いたー秋刀魚編」
を読み返し、
来る、秋の「秋刀魚祭」に備えたいと思います(ひーっ)





秋刀魚が最高に美味しい季節の到来です。
サブプライム問題でアメリカ経済やばくなりそうだとか、


世界的にあまり良いニュースはありませんが、
秋刀魚の塩焼きさえ、食べていれば、
なんとか生きれる(えっ)



秋刀魚を家で焼くと、くさくなるでしょう?

だから家では食べません!なんていうスカしたOLには
回し蹴りをするしかないね
秋刀魚の焼きたては家で食べるのがいちばん旨いねん。



その煙で、プッチのワンピースに匂いしみこんでも、
かめへんわ。
秋刀魚さえ、食べれるなら。



さらに安いのが最高。
この前、大阪の某スーパーにて、秋刀魚をめぐる
ちょっとした戦いがあったので、

本日はそれを書きたいと思います。


そのスーパーは海鮮が特に強い店で、さんまの大漁売りが名物。氷の上にどかーんと乗ったぎょうさんのさんまの中から


自分でトングで選んでビニール袋に入れてレジで清算ってスタイルも大好き。


イカリでは秋刀魚はスマしてパックに入れられ(いや他のスーパーもそうか?)
1匹で400円ぐらいするときもある。



それが、ここのスーパーったら、1匹100円よっ。
涙でそうになったわ。



で、おいらが秋刀魚売り場に突撃しようとしたそのとき。
30代はじめの4歳ぐらいの息子を連れたママがいきなり登場。
先にトングをとられてしまったのがそもそも敗戦理由だが、
すでに6匹ぐらいしか残っていなかった秋刀魚の中から、
そのママさん、5分ぐらいじっくり見分けて、
いっちばんぶっとくデカイのを2尾ビニール袋に投入。



くそーっ。あとは痩せてるのしかないやん。
で、おいらムカつき、対面販売になってる魚コーナーの
兄ちゃんに



「あのー、秋刀魚ってもうないのでありますか?」
と聞くと、
「あっ、まだありますよ。ご用意しますよ」
と言うではないですか。




やっほー。



うふっ。そのとき、
例のママさんがまだ秋刀魚売り場の戦場前にてわたしたちの会話を聞いていた・・・。

ふんっ。あんたになんかに、負けへんで。

しかも2匹しか買ってないやん、お宅!
わたしがどれだけ秋刀魚を偏愛してるって思ってるねん。

なめたらあかんよ。



しばらく待機してると、
そんな戦闘態勢炸裂のおいらのまん前にトロ箱3つ分の
あらたな秋刀魚ざくざく登場!



ひええええええ。あるある。
デカい秋刀魚。
お腹がぷっくり膨らんだメタボな秋刀魚が。

その中でしっかり吟味し、
超極上、キングオブデカ秋刀魚をゲット。

いや、2匹だけですけどね(おまえもかい?!)



秋刀魚駐屯地をあとにするとき、さすがにあのママさんはおらなんだ。


ふんっ。


崖っぷちからの逆転勝利よ。

どうだ、まいったか?!(ってママさんおれへんって)





      
が!

おいらが野菜とか買って、再び秋刀魚激戦地に赴いたところ、ちょっと!

あのママさんが再びいるではないですかっ?



6尾の中から何とかデカいモノを選んだものの、
さらに投入された新たな秋刀魚激戦地には
まだまだ太ってるのがいると思ったのね。姑息だ!



ようく見ると(オレもヒマだね)、
いったんゲットしたビニール袋の秋刀魚2尾をこっそり売り場に戻し、
再び極上秋刀魚を狙ってる様子。



いやあ、気に入ったよ。あんた。

もう最高!

1尾たった100円の秋刀魚に、そこまでもこだわる情熱と欲望、購買意欲。



思わず、話しかけそうになりましたよ。

こういうとき、戦友って呼ぶのねsmile





こうして、庶民の秋刀魚大戦争は幕を下ろしたのであった。



秋刀魚よ、永遠に!! 

Back stage in Belfast /1

興味ない人、ごめんやす~。

UK追っかけ日記またまた行くよ~。

9月21日 ベルファスト

「ダブリンまで」 

ベルファストのセントラルステーションの窓口で、
そう言うと

「~の事故で(よく聞きとれん。アイルランド訛りはよ~)12時半のはキャンセル。ここからBusで○○○駅まで行って、そこから列車でダブリンまで行ってくれ~」

と言うではないっすか?



もう、頼んどくわ。


一人で悪態つきながら、待合室の方に行くと、ファンクラブ会長コンビのジル&モーリーン、スーたちご一行様もすでに座ってました。

「しんどいよね~」

彼女たちもそりゃもう、疲れてそう。でもまだましよ。英国からの旅だもん。こっちはジャパンからですねん。



今度こそ、階段じゃなく、エレベーターかエスカレータでバスの乗り場までいけるかと思ったけど、そんな文明の機会はこの街にはありません。


バスの出発場所まで、またもや恐怖の階段が。



もうほんまに両手にキャリーバッグさげて、思いっきりよろつきながら、バス乗り場にだとりついたときには、もはやヘロヘロ。

たった4回のコンサートでもこれだもんね。

カコク!!!


そうよ。

ベルファストとダブリンで行われるMのコンサート、4回だけ見るためだけに今回もやってきたのよ。

ベルファストを12時40分に出発したバスは、

Nortonという駅につき、いまはそこからようやくダブリン行きの列車の中。



窓から、緑の大草原にポツポツと赤い屋根の家が建ち、牧場では羊や牛が寝そべってるのが見えます。

わたしが大好きなアイルランドの原風景。

それにしても!

わたし、ここで何してるん?

なんだかとてつもなく虚しい気分。

もっとしなくてはならんこと、いっぱいあるでしょう?

以下続く~

2008年8月16日 (土)

髪の毛が逆立つ撮影秘話

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注:写真は本文とは関係ありませんっ

これまでの海外ロケで髪の毛が逆立った経験?

それはもう、100万回以上。

中でもぶっとぶほど逆立ったのは100回ほどですかっ?(ひーっ)

ま、そのほとんどが$がらみですけど(えっ)



というのも、海外ロケって国内ロケとは比較にならないほど、

ものすごーい経費がかかりますねん。

その経費をなんとか抑えるのもおいらの仕事のひとつでありました。


そんな中でも忘れられない、ごっついお金問題はまだ海外ロケの経験も
浅かった、NYでの出来事です。



撮影場所は、SOHOにあるオサレーなスタジオ。

ルーフテラスにあるプールはSATCのロケでも使われたところよっ。



サマンサがバスローブ姿で例のリッチマンと夜明けにダンスを踊るシーン
覚えてます?あのシーンが撮影された場所。

(いやああの時流れてたシャーディーの音楽サイッコーでしたね。うっとり)




ま、ここはスーパーブランドのイベントやセレブリティのパーティなどにも使われる、NYでも屈指のファッショナブルプレイス。

ビルは3階建てで、2階はこれまたラルフ・ローレンな住人が住んでいそうな、むっちゃくちゃカッチョイイ、リビングなんかがあります。


我らはそこでも撮影することを楽しみにしていたわけですね。

もちろん事前にクライアントさん、コーディネーターさんと

ロケハンに行き、これならカット数にあう撮影できるよね~

と決定し、


かなり高額なレンタル料も事前に支払い済みでございました。



で、撮影日当日。NY在住の有名カメラマン、これまたVOGUEなどの
ファッションページでよく見る名前のスタイリストさんやヘア、メイクさん、モデルも揃って、めでたしめでたし。後は撮影するのみ・・・・・。


カメラマンからこことあそことあの部屋で撮りたいなーとのリクエストを
スタジオ管理人に一応伝えたところ、


彼女から信じられない一言が発せられたのでありました!

えっと、いただいたレンタルフィー内で撮影していただけるところは屋上のプールだけですわよっ

ガーン。ガーン。ガーン。ぎょええええええーっ。

うそやろー。おいら、おそるおそる聞きました。

「あのー。どうしてもカメラマンがリビングでも撮影したいって

言ってるんですが・・・」

すると、その若い女、しれーっとこう答えてくれたのよっ。

あっ、その場合は、あと5000ドルねっ!」




ええええええええーっ。お願いウソと言って!!

おいらの心臓ほぼ一時停止。求む医龍の朝田ああああああ。

要緊急バチスタ手術状態っす。


でもでもでもね~。

コーディネーターさんにも何度も確認してもらったんだよ~。



もちろんおいらのところにも分厚い確認書が届きましたよ。

サインもしましたよ~。

でもそんなことひとつも書かれてなかったんだもん。



しっかし、プールのみで撮影するなんて、無理、絶対無理。

事前にクライアントには何度も見積もりを取っているし、



今更、追加料金を請求するわけにはいきません。

さらに、こんなトラブルで時間かけたてら、モデルやヘアメイク、スタイリストさんへのオーバータイム料金が発生するではないっすか?



モデルの延長料金って、通常一日8時間以上になると、

1時間延長につき、ものごっつい金額を要求されます。


そんなこんなで、苦渋の選択を迫られたおいらとコーディネーターさん。


ま、悪いのは、はっきり言って、おいら。

契約社会のアメリカやもんね~。

最終確認が出来なかった、おいらの落ち度ですわ。

でも、コーディネーターさんもすっごくいい方で、

本当に申し訳なさそうに、


「私にも責任あるよ。私のコーディネータ料もう、いいからさ。

なんとかここの追加料支払いましょ」


いえいえ。そういうわけにはいきません。

そんなわけで、5000ドルよりは負けてもらいましたが、

結局レンタル料の追加料金は、

わが社が支払うことになりました。

ほんといい勉強させてもらいましたわー。

くっそー。

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