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2005年3月

2005年3月29日 (火)

花束の効用

このブログを気まぐれに読んで、

いつもクソミソにけなしてくれる

編集者のKさんが、

去年のデートで花束もらった私の日記を見て、

「男に花束もろてうれしいか?オレはぜったい

そんなことできへんわー」

と相変わらず怒りながら(笑)電話くれたので

「正直いって、花束くれる男なんて信用できへんわー」

とお答えした。



これはほんまです。

へんやん。そんなの。気色悪いよ。



だけどね。率直にいうとそのとき好きな男になら、

何をもらってもうれしいわけです。

学生時代に「家の庭に咲いてたから」と

マーガレットをくれた男もいました。

でもそのとき好きだったから、

いまも新聞紙に包まれたマーガレットの花の

「風景」を覚えてるもん。



そこいくと新地あたりのお店で働いている

友人のオネーサマ方は

花束もらって当たり前な生活を日々しておられます。

やれ、お店の記念日とかお誕生日とか。

何もなくても花束抱えてくる男は多い。

私が男なら新地の彼女たちに贈るのは

ぜったい食べもの。珍しい食べ物は

何万円の花束より印象的だし喜んでもらえます!



でも、いままでで、

いちばんもらってうれしかったお花は

私が小学生のとき扁桃腺の手術をする日に

家庭教師の先生が

病院までわざわざ持ってきてくれたレンゲの花束。



生まれてはじめての手術で、

めちゃくちゃ心細かったけど、

あの紫の小さな花束を見て、

すごく心が安らいだのを覚えています。

ちなみにその大野先生は女の人だけどね。



その頃からどういうわけか、花束は男にもらうより、

女性にもらった方がうれしいんです。

なんでやろー。

好きな言葉

仕事場がどえらい惨状を呈しているので、

半泣きになりながら、整理していたら、

むかーし、私がライターになりたての頃に

いろいろ書いていた大学ノートが出てきた。



その中に、気になった言葉をいろいろ書き付けてるんだけど、

いやーこれがもう脈絡いっさいなく、玉石混合。

私という人間をあらわしてるわ。

それにしても、こんな言葉をノートに

書き付けていたなんて、

ウブですねー(自画自賛)





『神よ願わくば私に、

変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと

変えることのできる物事を変える勇気と

その違いをつねに見分ける智慧をさずけたまえ』

ーカート・ヴァネガット・ジュニア

「スローターハウス5」





『私は酔っぱらって、腹を減らし、みじめな姿を

していながら誇りを抱いている彼のほうが好きだった』

ーレイモンド・チャンドラー

「長いお別れ』



『諸師よ、地獄は何であるか?とつらつら考えるに

愛する力を持たぬ苦しみがそれであると私は言いたい』

ーカラマーゾフの兄弟



『セザンヌはプロフォンドール(深さ)だった。

じっと見ていると向うからこちらが見られているのだった』

ー小林秀雄



・・・うーん、なんかカッコいい言葉ばかりですね。

さしずめいまなら、

こんなところかしら?



「笑って許そう、自分の過ち。

しつこく責めよう、人の過ち」



「人生、いきあたりばったり」



あー、ますますおっさん化する自分が

こわいであります〜。

2005年3月27日 (日)

出逢いは財産

最近つくづく、

人と人との出逢いは財産だなぁって思う。



新しい仕事で出会った人もそう。



私の仕事は何かひとつのお題を頂けば、

その目的達成に向けてひた走り、

まあ、なんとかひとつの形に仕上げていく。



その達成感ももちろん、喜びではあるのだけど、

いちばんの財産は、その過程で出会った人という

気がする。



これまで数々の賞にも輝いた

大先輩のコピーライターが

むかし私に言ってくれた言葉が今も忘れられません。



「これまでほんとにたくさんの

仕事をしてきたけれど、結局何が残ったかというと、

人間関係だという気がするな」



もちろん、中には苦手な人や

困った人っていうのもあるけど、

いい仕事はいい人間関係を生む、

これは確か。

その逆もまたしかり。





今日もいい出逢いがありました。

仕事とはちょっと違うけど、

このブログがきっかけで、

「ランチ行ってみる?」なんて軽いノリで

会った人です。

もし、このブログに書いていなければ、

きっと出逢うこともなかったし、

私の周りにはいままでいなかったタイプの人。



だけど、彼女に今日はいっぱいいっぱい

教えられることがありました。



私は本来、仕事がないと家にずっーっといて、

ぐーたらしていたい正真正銘の怠けモン。

お化粧して戦闘服(笑)着て出かけるのって

ホント面倒くさい。

ノーメイクでユニクロの部屋着て、

うだうだしているのが好き。

でも、家にいてまったりしていては、

素敵な出逢いもないわけで。



そして、夕方は、

芦屋の某邸宅のワインパーティーにお呼ばれでした。



有名な建築家が建てた(その建築家も来られてた)

日本家屋の趣味のいいお家です。

天井は樹齢300年の島根の杉。

無垢の木が呼吸している実感が得られる

本当に贅沢な空間でした。

リビングには奥様やそのお友達が創られた

ガラス陶芸がいたるところに飾られていて、

ライティングもセンス良くて

まるでスタイリッシュなギャラリーの趣。



その中のひとりのマダムとお話していると、

「毎年12月にはローマのバチカンに行くのよ。

ローマ法王に会いに」。

ひえーっつ・・・・・・。



私とはまーったくライフスタイルの違う

アッパークラスな人たちの集まり。



だけどその家のご主人が書かれた小説を頂くと

海軍兵学校のことが書かれていて、

「私の父も海軍兵学校だったんですよ」

というと、そこから意外な共通の

話題が出てきたりして、

ほんとに人と人の出逢いの不思議と喜びを

つくづく感じた春の日でした。











2005年3月26日 (土)

レッドストリング

去年の11月頃から私の周囲のファッション関係者の間で、

左手首につけはじめられていた赤い毛糸、

レッドストリングス。

ホリエモンもつけてましたよね。

今日、

NYのセレブライターリエちゃん

から、そのレッドストリングが届きました。

彼女からのプレゼント。

なんだかすっごくうれしかったです。





ご存知の方も多いと思いますが、

これはあのマドンナやブリトニーはじめ、

セレブの間で人気のカバラという宗教(かどうかは

いまいちわかんないのだけど)

から来ているもので、

手首につけていると悪いことや邪悪なことから

身を守ってくれるそう。



遅ればせながら、私もいまやっとつけて、

このブログ書いてます。



カバラの赤いひもに

ご興味のある方は

リエちゃんのインセレブ、

Topページへどうぞ。





2005年3月24日 (木)

あの頃の我が史上最悪のデート

かつてのアワビアンナイトなデートなんて、

今ごろ思い出して書く自分が情けないっす。



私のデート人生なんて、アワビアンナイトみたいなの

希少です。最悪の方がずっと多い。

以下抜粋。



�夢にみた上海でのデート。上海蟹食べようね!と

あいつが誘ったから行く気になったのによー。

上海到着後開口いちばん、

「ところで夕食はいくらぐらい予算あるの?」

って・・・・ええええっー?!

もちろん、3泊4日の上海ナイト、

やつとは何もないまま帰国。当たり前やろー。



�ちょっと年下のあいつと夜ご飯。

最後に水ナスが出て、数をかぞえたらちょうど3コずつ。

なのに4つも食べたあいつ、許せません!



�「いまからいくとこ美味しいよ」と散々自慢。

目的のお店に到着すると満席。予約してないんかい?

次のお店まで歩いて15分。ここも満席。

次のお店にまたもや歩いて20分。満席。

結局、がんこ寿司って・・・カナシすぎ。

途中で帰らなかった、私、えらいでしょ?





思うに、私のデート人生、最高も最悪も

すべて食べ物がらみってところが、つらい。



2005年3月21日 (月)

あの頃の我が史上最強のデートを思い出しつつ・・

最近、あまりにも頭がビジネスモードなので、

楽しいデートの思い出をちょっくら思い出しつつ、

女子力Upと来るべき恋に備えて、

こんな駄文のせてみました。

長文でごめんね。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



土曜のデートは、マジで、

我がデート人生の中で最高にスイート&メロウな

金メダル級の飛び切りでした。



しかし、彼に会うまでは「もう、こいつはあかん、心底あかんわ」と思ってたの。

待ち合わせの場所に5時に待ってると、

5時きっかりにヤツから電話

「すいません。これから事務所出るんで・・・」

ええええええっつマジっ〜。なめとんか?私はここで

はじめて思いっきりえげつない声で「えええええええっつーー?」とさけびました。

受話器ごしに。彼はおびえてたはず。



この時点でもう、あかん、本気でかえったろと思いました。

だけど、お風呂も入ってパックもしたし、ごちそうしてくれるはずの黒アワビ・・・に激しく未練が・・。



で、5時20分に、アル○ロメオにのってやって来たあいつ。

ひやああ、カッコいいわ。エルメスのホワイトシャツやん。

そしてすぐに新阪急の前までいって「ちょっと待っててくれる?」

とやつは車から降りた。



で、もどってきて、ドアが開いた瞬間、フェニックスのお花のブーケを抱えてた!

「ちょっと早いけどお誕生日おめでとう」って。

キザ!でも、似合うのだ。これが。おまけにアレンジがパリ風でとってもお洒落。

それでムカつきも一気に解消

(想像するにあのえっーに怯えて、急遽お花お願いしたのかもね)



それから名神で京都へ。

男って車の運転がうまいと惚れるよねえ。

噂では200キロ出すと聞いていたが非常に安全運転。



で、メインイベントの黒あわびです!

場所はなぜか京都のとんかつ専門店「○○」って店。

なんでトンカツの店であわびなん?ですが、

もう、私こんな美味しい黒あわび生まれてはじめて食べました!

お造りなのに、肉厚の身(陶磁のようなクリーム色)

は死ぬほどとろけそう。キモにいたっては・・・

絶叫必至!

私がこの店で彼を気に入った理由



�3つあったキモのうち2つをくれた。

�あわびを食べる瞬間、私の反応をすっごく心配げに見ていた。

�おいしい!っと言うと、最高にうれしそーに笑った

�お勘定はツケだった(支払いのどんくささが解除できるし)

�お店の親父さんと対等に、でも尊大にもならずいい感じで会話

(でもあとで「オレはいいカモやと思われてるよ、きっと」と言ってた)

以上5つです。



次はそのあわびをバター焼きで(これも絶品)

そのあと、玉ねぎのスライスをあわびのエキスで

炒めたものを。

で、ちょとちょこと出るイワシの煮付けやハモのフライも旨い。

最後はロース豚のとんかつ。

これがまた、うまいのなんの。

いまイベリコ黒豚(ハモンやなしに)に凝ってる私としては、

やっぱしジャパニーズ豚や!と再確認した次第っす。



ここを出て「時間ありますか?」と聞くので

「ぜんぜん、あるよ」というと

「そしたら朝までだってOK、ホテルだって取るよ」

と悪ぶったふりするが、その気はなしで、

大阪方面へ。

「あ、お月さんがきれいやわ」というと

「ほんだら、月見に行こうか?」と阪神方面へ。

「そっち方面いくのなら、帰り○○まで送ってくれる?」

と厚かましい私。(この時点ではマンションに連れ込んで夜景見ながら、

いろいろ・・とよからぬことも想像していたのだが)



「今日は姫のいうことはなんだって聞くよ。

岡山まででも送るから。どんなに遠いところへも行く」

と、とにかく会ってから始終この調子で

褒め殺し。でもだんだん、その気になってくるよね(恐)



苦楽園の○○○に着いたのが11時50分。

もう終わりなんです・・といわれたが、10分だけ夜景みようって。

テラスに座って、アルマーニのショーやモデルの話など

セレブティックな内容でこいつ、ほんまに遊んでるわ・・・と

なんだかお互いの住む世界の違いを悲しく思いつつ目の前に

広がる夜景をせつなく見つめるマツザワ・・・。



彼って、車から降りるときわざわざ助手席に回ってきて、ドアあけてくれるってどう?いまどきこんな男200年ぶりに見たわ。で、

この店ではあわびの店よりだいぶドライブ中で親密になっていたので、並んで歩いた瞬間左手をエスコート印に曲げる彼。



いっちゃんは思わず腕を組んじゃいました。こうして二人で○○○の階段を上がるとき、なんだかめちゃくちゃハッピーだったのよね。182センチ長身の彼と154センチチビの私はかなーりチッチとサリー(古い。知ってる??)やったけど。



で、この店ぐらいは私が払わなければ?と一瞬思ったけど、レジ前に歩いて行くと、「トイレ行けば?」と彼。もはや女に支払いをさせるなど、この世の終わり・・・と思ってるようなフシのある、バブル男なのかもしれません。



そして結局何もないまま(って当たり前やけど)



家まで送ってもらう。

午前3時ごろ、こんなメールが・・。

やっぱし、こいつってホスト?



月の綺麗な夜

澄んだ空気に包まれて

あなたを感じて過ごした夏の終わり

秋にもあなたを感じていたい

冬にもあなたを感じていたい

春のような温もりのように



ううううううっ。

女も去年のデートを思い出すようになったら終わりや。

もう春だし、

そろそろリアルな恋の予感・・・・。

が、まったくしないんだな、これが。





2005年3月19日 (土)

なつかしいあいつから・・・

このブログをはじめた頃、

狂おしく好きだった(と錯覚してた)

あいつから3ヶ月ぶりにメールが・・・。



その名前を一瞬見たとき、

いやーなつかしいわーと思ったけど、

もうあの日みたいにドキドキすることもなかった。



そういや、去年の冬、

「君はひとりでも生きていける」

というくさい台詞を吐いて、

私を奈落の底に突き落としたあいつやんかー。

よくも言ってくれたわね(笑)



なんかまたもやサーバー強化して、

ホリエモンっぽくなってた様子。

近いうち会おってことになったけど、

もういちどラブにはなれへんやろう。



しかし、わたくし、ここんとこ仕事一筋で

頭の中は予算やスケジュール調整でグルグル。

もはや心にひげ状態っす。

たまには現実を忘れさせてくれる

しゃらけたメールくれる男ぐらい

いなきゃね。



しかし相変わらず、こいつのフレーズには

心騒がされます。

私、言葉ってやつに弱いんです。

物事の本質よりも言葉だけにうっとりって

アフォだから。



まあ、いいさ。人生はシャンパンだから。

なんでも本質をつきつめてはいけませんもんね。



風に揺れるアディダスの古着

NYやボストンで激しく

マテルアルガールな日々を過ごしたわたくしですが、

お買い物したそのほとんどはチープなもんばかりです。



今回いちばんうれしいお買い物リストランキン

�アバクロのお姉さんブランド「ルール」のデストロイジーンズ

158ドル

�ディスカウントスーパー「マーシャルズ」で購入した

アディダスのジャージ上(ホワイトよん)24ドル90セント

�ボストン郊外の古着屋さんで買った

アディダスジャージ下(定番黒)2ドル50セント



のような感じであります。



今日から3連休。そんなことも知らなんだ。

今日は何日かももはや不明・・・



お天気があんまり良いので、朝からお洗濯三昧っす。

アディダスのパンツがいま風に揺れてます。



もう春ですね。





PS

今日はゴクセン最終回。

実は昔からわたくし密かにゴクセンファン。

だからって、アディダス買ったわけじゃないけどさ。

2005年3月18日 (金)

江さんの書いた日限萬理子さん

日限さん亡くなったことが、

やっぱりまだ信じられない。



さっきMeetsの江弘毅編集長が書いた

『日限萬理子さんのこと』を読んで

はじめて、涙が溢れた。



素晴らしい文章だった。



江さんにはいつも私のこのブログを

ボロクソにけなされてるけど、

こんな凄い文章書かれたら、

これからもまた

「はい、反省します」

としか言いようがないやん・・・。



江さん、もう、泣かさんといてよ。





2005年3月16日 (水)

日限萬理子さんのこと

今日、青山さんのブログ

日限萬理子さんが亡くなったことを知った。



2年ぐらい前に

ある空間プロデューサーが手がけた邸宅の

新築お披露目パーティーでお会いしたのが最後だ。

すでに闘病生活を送られていたようで、

見ていてつらくなるほどしんどそうだった。



「今日はこな、あかんかったから」

その空間プロデューサーの晴れの舞台を見守る

育ての親としての誇りと華に溢れた笑顔はいつも通りだった。



日限さんは私に、女のカッコよさとはこういうことやで、

ということを教えてくれた気がする。

彼女はいままで私が出会った中で、ピカいちに、ダントツに、

最高にカッコよくて、男前で、可愛らしくて、

セクシーで、男気に溢れた女だった。

所作も言動もとにかく、オリジナリティーに溢れていた。



彼女をはじめて見たのは、

もう20年以上も前。

ピカピカに輝いていた頃のアメリカ村。

その希望の星、「PALMS」。



男とお洒落と夜遊びに命をかけていたあの頃。

午前4時頃、踊りすぎと飲みすぎで

フラフラになりながら、

フロアで踊るある女性を見たとき、

そのあまりにもアナーキーで、ホットで、

革新的なダンスの仕方にいっぺんにやられた。

アメリカ人やフランス人や日本人や

とにかくフロア中の若い男たちが彼女を

囲んで、彼女はその輪の中心にいて、

キラキラ輝いていた。

めちゃ、かっこええ・・・。

いったい誰?



それが日限さんだった。



何年かして、ライターになった頃、

彼女にインタビューをした。

ちょっと時間に遅れられたが、

「ごめんね。あんまに行ってて・・」



そのとき着ていたサンローランのレザージャケット

の眩しさと「あんま」とのギャップが

シビれるほど、カッコいいと思った。



「これまで、いつも自分は輪の中心にいた。

でも、そろそろ若い人を中心にしてあげようとおもってるねん」

そんなことを話された。



Meetsが別冊で『ママいるう?』という

日限萬理子特集を組んだとき、アメリカ村に

彼女がはじめて出した喫茶店「ループ」の頃の

知人に取材させてもらった。

「日限さんはいつもお金ないねん。

萬理ちゃん、ちょっとはお金貯めやっていうといて」

と言われて、そうか、彼女は宵越しのお金は

持たない女なんやーといっそう彼女が好きになった。



ある夜、Meetsの江さんと「白雪温酒場」で飲んでると

江さんが「日限さん呼び出そうか」と彼女に電話した。

あっという間に来られて、3人で飲んだ。

水ナスを「おいしいねー」と本当に美味しそうに

食べながら熱燗を飲んでおられたことを思い出す。



20歳近くも年下の江さんに、

「江さん、愛人にしてや」と言う

彼女はすごく可愛らしかった。





このあと江さんは終電で帰ったけど、

私は日限さんと2人でシーラカンスに飲みにいった。

そのとき、

夜中の公園を歩いていたら、くちなしの花が咲いていて、

彼女がその花を一輪おって、

ジャケットのポケットにポンと差した。

袖を通さずジャケットを羽織った彼女の後姿は

なぜかものすごく孤独そうに見えた。

いまも夜風に吹かれながら、歩いていく

日限さんのそのときの姿を鮮明に思い出す。



ミナミの街を作った女・・日限萬理子。

彼女の人生はなんて華やかで、

なんて楽しくて、なんて輝いていたことか。

最高に幸福な人生だったと思う。



ご冥福を心からお祈りします。











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